院長の「JoJoブログ」
普通の日々
2019-02-28 23:46:46投稿
今日で平成31年の2月も終わり。「1月はいぬる、2月は逃げる、3月は去る」と昔からいうけれど、ホントにあっという間。
しかも、この平成31年は、4か月間しかないので、何か想い出に残るようなことをしていないと、もったいないような気がするのは私だけだろうか。
昨日、NHKのニュースの中で、昭和天皇の病状が怪しくなっていたころ、年号を決める極秘の会議に出席したというお偉い方(御年90歳)がインタビューに答えられ、平成という年号には、平和に平穏にという意味が強く込められているというようなことをおっしゃっていた。戦争を経験した世代にとっては、普通のこと、普通に日々過ごせることがいかに幸せなことなのかが、身に染みているというお話だった。
平成になってから、大災害が何度もあり、そのたびに、被災された方たちが、異口同音に言っていたのも同じことだ。「毎日、普通の暮らしができることが、いかにありがたいことか」「普通のことを普通にしたい」「毎日同じことができるって、幸せだったんだと思う」
災害だけでなく、人生100年の時代に、若くして命を落とした方の遺族も、同じことを思われている。
私の周りでも、この数年、40~50歳代の知人が数人亡くなっていたり、がんと診断されたりして、普通の生活から、普通でない生活になった人たちがいる。
なんだか、自分は、家族も元気で、クリニックでは、毎日患者さんに来ていただいていることが、申し訳ないというか、いかに幸せなことなのかということを感じざるを得ない。そして、そのことを、感謝しないといけないなと、ふと何かにつけ、考えるようになった。私の仕事は、朝から晩まで、外来診療で、勤務医の時みたいに、手術をしたり、病棟を回ったりする一般的な医者の業務がない、いわば、単純労働。もちろん、患者さんは複雑だし、そんなに単純で誰でもできる仕事ではないのだけれど、時に、「毎日、毎日、おんなじことやって、面白くないな」という気分になってしまう。そんな時、「いけない、いけない、患者さんにきてもらうだけで、感謝しないと。」と、言い聞かせることにしている。クリニックで働いてくれているスタッフにも恵まれ、毎日、元気で出勤してくれるなんて、これだけ幸せなことはないのだからと彼女たちにも感謝するしかないのだ。
何だが、宗教染みてきたので、そのことは、このブログにそぐわないので、やめにしよう。とりあえず、残された平成の時間で、ちょっぴりいい思い出を作りたいのだけれど。
まずは、3月9日(土)に、乳がんについての講演をするので、一般の方に、私の乳がんで亡くなる人を一人でも減らしたい気持ちをお伝えすることで、平成最後の仕事のひとつになるかなと思っている。